Time Lag
「手話って知ってる?」
大学の講義が終わると、僕たちはいつも食堂で集まる。
野良猫にお菓子を与えていた僕に彼女はメモ帳を差し出した。
手話。
僕には全く縁のなかった単語だった。
「テレビドラマで見たことあるぐらいかな」
すると彼女は少し考え、僕の前で左手を広げてみせた。
「じゃあこれはどういう意味か分かる?」
中指と薬指を折り曲げたその手はどこかで見たことある。
「愛してる、だったような」
ふふ、と彼女が顔を伏せて笑った。
僕はなんだか恥ずかしくなる。
ただでさえ愛の告白は僕にとって苦手な分野なのに、愛してるなんて言葉は書いただけでも照れてしまう。
「当たり。でもこれはアメリカの手話で、ほんとは"I LOVE YOU"っていう意味なんだ。
I・L・O・V・E・Y・O・U。
それぞれの指文字がぜーんぶこの手に現れているの。
英語と同じでこの手話は万国共通なんだよ」
彼女は頬を赤く染めて、いつもより小さな字で書き続けた。
「告白されるときはこの手話がいいな」
どくん、と胸の鼓動が高鳴る。
彼女は僕の気持ちを知っているのだろうか。
知っていて僕のそばにいるのなら望みはあるのだろうか。
淡い期待が胸を膨らませる。