恋人未満
ずるい。
こんなのにほだされる自分がばかみたいに思えるくらい、ずるい。
しかもこいつ、あたしが帰ろうとして声を掛けたってことをばっちり見抜いてたらしい。
そういう勘のよさだけはあるんだから。
「あんたさ、そういうこと言う前に、もっと言うべきことがあるんじゃないの?」
「……なに…?」
眠そうな目を無理矢理こじ開けながら、そいつはあたしを見てる。
今にも眠りそうなのに、ここまでがんばれるのはある意味すごいことなのかもしれない。
そこに、期待していいのかな。
こいつも、少しはあたしのことを思ってくれてるんじゃないか、なんて。
「……なんで、あたしはあんたの世話焼いてると思う?」
「…貴音が、」
あたしが、
「……となりに住んでるから」
「もうあんたなんか知らん」
即断してあたしは立ち上がった。
当然、ばかが脚の上から転がり落ちたけど、知るもんか。
「貴音、帰るのか?」
「帰るわよ。ただの隣人の膝枕をしてやれるほど暇じゃないの」
叩き付けるように言って、あたしはリビングを出る。
冷たいフローリングの廊下を抜けて、玄関へ。
あたしとあいつの靴しかない玄関。
家の中にはあいつひとり。
靴箱の中を見ても、あいつの靴しかないことを、あたしは知ってる。