あなたが一番欲しかった言葉
現在 2007年6月
「ヨシ君、『カシトイ』って知ってる?」


頬から、額から、鼻の頭から、汗をダラダラ流した巨漢の祐介に訊ねられた。

スポーツクラブのサウナ室。

祐介も僕も、黒い水着だけを身にまとった状態で、何かの罰ゲームに耐えるかのように、ひのきの長椅子に腰掛けて汗を流していた。

前置きもなく突然『カシトイ』の名前が出てきて、僕はどきりとする。
内心の焦りを悟られぬよう、さりげなく答えた。

「カシトイ?ああ『カシミヤ・トイズ』だっけか、今売れてるみたいだな」

「さすがヨシ君、やっぱ知ってたか。そうなんだ、曲がいいんだ。
ヴォーカルの女の子が詞も曲も書いてるらしいんだけど、どれもラブソングで切ないんだよね。
死んでしまった恋人のことを曲にしてる、なんて噂があるけど」

眩暈がした。

それが暑さのせいばかりではないことは、僕自身よく分かっていた。
< 1 / 230 >

この作品をシェア

pagetop