あなたが一番欲しかった言葉
「女房には、好きにしろと言ったんだ。
離婚をするのもいい。慰謝料が欲しいと言うなら言い値を払うと。
そうしたらあいつは『離婚はしない。あなたからの慰謝料もいらない。慰謝料は彼女からいただく』って言うんだ。『私、腕のいい弁護士を雇ったから』と。
それだけは勘弁してくれと頼んだ。
俺が悪いんだ、彼女は何も悪くない、お願いだからそれはやめてくれと。
けれど女房は首を縦に振らなかった。
その時俺は悟ったんだ。女房の願いとは、俺が愛している祥子を困らせることだったんだ」

カラン-

氷の溶ける音が響く。

店内に低く流れる悲しげなジャズは、50年代の懐かしきスタンダードナンバーだ。

一息ついた結城さんは、グラスを目元まで持ち上げ、煌く琥珀色の液体を見つめた。
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