あなたが一番欲しかった言葉
「あの男がどうして『マティーニを一気飲みしろ』なんて言ったのか、俺にだって分かんねーよ。
ずっとここで便座に顔を近づけて吐きながら考えてた。
あえて理由を付けるとしたら、あの男は俺たちに『仕事』の重みを教えてくれたんじゃないのかって、俺なりの結論を出したんだ。
そうでも思わなきゃ、今夜の出来事をどう説明したらいい?やってられねーよ」

ダン!と激しくトイレの壁を叩く音がした。

「もう俺、続けられねーかもな」

「続けられねーって、何がだよ、バイトがか?」

分かってはいたが、不安が口をついた。

「そうだ。
自分の生きる道を真っ直ぐに行かなきゃ、夢にはたどり着けないだろう?
俺はやっぱり唄うしかないんだ。
唄うことだけが俺の生き甲斐なんだよ」

「それは知ってるさ。
だけど収入がなきゃどうしようもないだろう?繋ぎでバイトをしてたんじゃないか。今まで通りそれでいいじゃないか」

これまでの楽しかった日々が壊れる予感がした。
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