匂い
匂い
ある朝私が目を覚ますと、ドンドン、ドンドンと玄関の扉を叩く音がしていた。
布団からはいずるように抜け出し、扉を開けると、そこに女性が一人、立っていた。
年は二十代半ば、あたりだろうか。ショートカットに丸い顔、優しげなたれ目と、好感の持てる顔だちをしている。
悪い気のしなかった私はにこやかに尋ねた。
「何のご用ですか?」
「はじめまして……いきなりで申し訳ないんですが……」
もじもじとした様子で女性が言う。
「はい、なんでしょう」
「この部屋から漏れる匂いが……」
匂い? 匂いなんてしてたんだ? やばい、なんだろう、確かにあまり清潔にはしてないけど……
「大好きなんです」
「え?」
「大好きなんです。心の底から。病みつきなんです」
「は、はあ……」
それだけ言うと、女性は恥ずかしそうに顔を赤らめ、走り去って行った。
私は女性の後ろ姿を、ただただ呆然と見つめるだけだった。
確かに私の部屋は、無臭とは言い難い。汗と野菜、ごみと洗濯物……一人暮らしの男の部屋にありがちの匂いが漂ってはいる。
けれど、それが外にまで漏れているとは考えられない。
私は首を傾げ、扉を閉めた。
それからだった。
毎日毎日、女性が朝、私を訪ねてくるのだった。
時間はまちまちだったが、必ず毎日毎日……
訪ねてくるといっても、毎回玄関の扉を叩くというわけではなかった。
玄関の郵便受けに鼻を近づけ、私の部屋の匂いを嗅いでいたり(玄関の様子が見える小窓から偶然確認した)、はたまた窓の隙間から私の部屋の匂いを嗅いでいたり(私の部屋はアパートの一階だった)……徐々に徐々に、異常な行動をとるようになっていった。
思えば、この時、警察に通報していればよかったのかもしれない。
だが私はそうしなかった。その女性が、どうにも私の好みだったからだ。異常に見える行動をする女性が、むしろ愛おしく思えていたからだ。
布団からはいずるように抜け出し、扉を開けると、そこに女性が一人、立っていた。
年は二十代半ば、あたりだろうか。ショートカットに丸い顔、優しげなたれ目と、好感の持てる顔だちをしている。
悪い気のしなかった私はにこやかに尋ねた。
「何のご用ですか?」
「はじめまして……いきなりで申し訳ないんですが……」
もじもじとした様子で女性が言う。
「はい、なんでしょう」
「この部屋から漏れる匂いが……」
匂い? 匂いなんてしてたんだ? やばい、なんだろう、確かにあまり清潔にはしてないけど……
「大好きなんです」
「え?」
「大好きなんです。心の底から。病みつきなんです」
「は、はあ……」
それだけ言うと、女性は恥ずかしそうに顔を赤らめ、走り去って行った。
私は女性の後ろ姿を、ただただ呆然と見つめるだけだった。
確かに私の部屋は、無臭とは言い難い。汗と野菜、ごみと洗濯物……一人暮らしの男の部屋にありがちの匂いが漂ってはいる。
けれど、それが外にまで漏れているとは考えられない。
私は首を傾げ、扉を閉めた。
それからだった。
毎日毎日、女性が朝、私を訪ねてくるのだった。
時間はまちまちだったが、必ず毎日毎日……
訪ねてくるといっても、毎回玄関の扉を叩くというわけではなかった。
玄関の郵便受けに鼻を近づけ、私の部屋の匂いを嗅いでいたり(玄関の様子が見える小窓から偶然確認した)、はたまた窓の隙間から私の部屋の匂いを嗅いでいたり(私の部屋はアパートの一階だった)……徐々に徐々に、異常な行動をとるようになっていった。
思えば、この時、警察に通報していればよかったのかもしれない。
だが私はそうしなかった。その女性が、どうにも私の好みだったからだ。異常に見える行動をする女性が、むしろ愛おしく思えていたからだ。