匂い
その内に、会社から帰ってくると、女性が部屋の中にいるようになった。

と言っても、私を出迎えてくれるわけではない。

ただただ、部屋のあちこちに鼻を近づけて、女性は匂いを嗅いでいるのだ。



そんな女性を、私はもう愛してしまっていた。

今となってはもう、離れられない、そんな風に思うほどになっていた。



私は会社に行くのをやめた。

朝部屋に来て、夜までず匂いを嗅ぎ続ける女性の側に、ずっといたいと思うようになったのだ。

それで分かったのが、女性は、食事や排泄行為などを全くしていないということ。

ただただ、一心不乱に部屋の匂いを嗅ぎ続けているのだった。



女性はずっと部屋にいるようになった。

寝ても覚めても、いつでも女性は部屋にいる。

私はこの上なく幸せだった。



何日たったろう。

匂いを嗅ぎ続ける女性をただ見つめる日々。

食事や排泄行為をしない女性を見続ける内に、私も同じような体になった。腹もすかないし、尿意や便意ももよおさない。



ただ気になるのは、最近、どうもよく目の前が真っ白になるということ。

耳もよく聞こえなくなる。

多分、幸せすぎるからなんだろうなと思う。



幸せって怖い。
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