音色
『聞こえるの?そこから?』
『うん、意外とね』
尚央の部屋へ行くには、駅から一つ広い道路を渡り、それから少し歩かなければならない。
届くはずがないと思っていたのに、私の声もギターの音も、しっかり彼の敏感な耳をくすぐった。
八月にかかってきた尚央からの電話は、ほとんどそれを伝えるためだけのものだったのだ。
電話の向こうで、伏し目がちに微笑む尚央の顔が浮かんだ。
冷やかす時でさえ、声も表情も控えめで優しいのは、小さな頃から変わらない。
ちょっと恥ずかしかったけれど、弟にさえ聞かせられない歌を、他人に聞いてもらえるはずもないと、私は無理やり自分自身に言い聞かせた。
『楽しみにしてるよ』
尚央は、私の最初のお客さんだから。