音色
「こんな時間に何してんの?もしかして、家出?」
歌い終わって、平たい円柱型のコンクリートを囲むように簡単に取り付けられたベンチに座り、休憩していた時だった。
その人は遠慮なく私の隣にどっかりと座り、駅周辺をぼんやりと眺めていた私の視界をふさいだ。
珍しいことではない。
化粧っ気が薄く、身長も平均より少し低い私はいかにも幼く見えるから、いくら大人ぶった振る舞いをしても、大学生以上と勘違いしてくれる人はいない。
どう見ても、何も知らない家出少女だ。
だから、こんなふうに若い男の人に声をかけられるのも、よくあることだった。
「…いえ、もう帰ります」
飲みかけのジュースのボトルの蓋をきつく閉めると、私は立ち上がるなりすいません、と少し頭を下げて、足早に駅へ向かった。