音色

尚央の部屋のある駅の一つ前で電車を降りれば、この画材屋に寄ることができる。

学校のある終着駅までの通学定期があるから、余計なお金もかからない。

だから尚央は遠慮なく、時々私に画材を買ってきてと頼んでくる。

遠慮はいらない、と言ったのは、私だけれど。






木曜日の午後は、尚央を訪ねる日。

思いがけなく歌の届いた夏の、あの短い電話がきっかけだった。


『新しい絵が描けたんだ。見に来てもいいよ』


それ以来、毎週木曜日には、必ず彼の部屋に通うようになった。

最初は少しくらい示してくれた気遣いも、今ではすっかり見られなくなった。

立ち上がるのが億劫だからと、お茶も淹(い)れてくれない。




気遣いはいらない、と言ったのは、私だけれど。

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