音色
「…まだ…考えてないです」
「…そうね、まだ時間はあるし、じっくり考えましょうね。ただ、あなたにはたくさん選択肢があるってことなのよ。自信持ってね」
清々しいほどよく通る黒川先生の声は、私の頭上で明るく弾んでいた。
一方私の目は、先生の目を見るのが申し訳なくて、専(もっぱ)ら机の上の、薄っぺらい模試の結果表に向けられている。
黒川先生は、私達の親とほぼ同世代の女性だった。
耳を隠す短めの黒髪が美しく、丁寧な薄化粧には素朴さと優しさを滲ませた、男女問わず憧れを抱かせる先生だ。
四月の着任式では、彼女を勝ち得たこのクラス、二年四組は全校生徒からひどく羨ましがられたものだった。
私も、真面目で生徒思いな黒川先生のことは、古典を教わっていた一年生のころから好きだった。
だからこそ、申し訳なかったのだ。
私はきっと、先生の期待には答えられない。
国公立どころか、大学進学すら希望していないと言ったら、やっぱり先生はがっかりするのかな。