ココアブラウン
山本の言葉があたしのからだにまとわりつくように残っていた。

振り払いたくて洗面所に立った。手を洗ってコンタクトレンズをはめなおし髪を整えた。
軽く化粧をなおして全身をチェックした。朝巻いた髪もアイラインも崩れてなくてあたしはほっとした。

もう一度手を洗ってトワレを振りなおし自席に戻った。

机の上に紙包みがあった。その横に紙コップ。それは置いたばかりらしく湯気を立てていた。

包みの口は閉じたばかりでセロテープはきちんと張り付いていない。長さも不ぞろいでしわしわによれて紙袋からはみ出ていた。

テープを切って中を覗いた。すると魚の香りが鼻を突いた。

がさがさと中身を取り出すと見覚えのあるセロファンの包みだった。
社員食堂のテイクアウト商品、「手作りツナと卵のサンドイッチ」が入っていた。
紙コップを見ると湯気の立つミルクココア。

クリームが濃いブラウンの中で白く渦を作っていた。

包みを開けているとランチを終えたらしく絵里が戻ってきた。あたしは絵里に話しかけた。

「絵里ちゃん、ランチ買って来てくれたの。ありがとう」

「えー、私じゃないですよ」

絵里はあたしの席までやってきて机の上に並べられたサンドイッチとココアを交互に眺めた。

眉を持ち上げてこう言った。

「趣味悪い。サンドイッチとココア。こんなセンス悪い組み合わせで私買いませんよ」

「絵里ちゃんじゃないの?」

「食べるならせめてココアやめてくださいよ。私コーヒー入れますから。ブラックでいいですよね」

何かをけなすときの絵里は普段のかわいらしい表情が消えて陰険な顔になる。
シンデレラのお姉さんみたい。

ちらりと横を見ると新が自分の席でペンを走らせているところだった。

新があたしに?

絵里がコーヒーを入れに出て行ったのを見てあたしは新の元に歩いた。サンドイッチの包みを持って。

「井上さん、これ」

「メシ食いに行く時間もなさそうだから」

ぶっきらぼうに答える新の横顔が近くてあたしは目を伏せた。

顔が紅潮していく。

「ありがとう」

一言だけ告げた。

ちょっと手を上げて新は書類に目を落とした。
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