ココアブラウン
「美樹は美しかったよ。お前と違って。周りの男たちが振り返るほど。俺はあいつが自慢だった。美人の女房をもらったと自慢して歩いた。おとなしく専業主婦していたはずなのにある日突然働きたいと行って編集者のアルバイトを見つけてきた。あいつは隆太の教育も世話もきちんとやると言った。」

遠くを見るように夫は続ける。まるで時間を遡るように。
あたしは気づいた。

美樹のことを語るときうっとりするような目をして上を向く。まるで少年のように。
それなのに夫の頬はあたしが見たこともないほど醜くゆがんでいた。

「あいつはなんの不満もなさそうだった。それなのに急に隆太を連れて出て行った。お前にわかるか?女房に逃げられた男が会社でどんな仕打ちを受けるか。俺はあの時昇進するはずだったんだ。なのにあいつがでていったおかげでマイナスがついて昇進できなかった」

「あなたは昇進できなかったことを美樹さんのせいにしてるだけよ。結局自分が悪かっただけなのよ」

「黙れ!」

夫はテーブルの上のケーキをはたきおとした。
大きな白いケーキはぐしゃりとつぶれて中のいちごが飛び出していた・
サンタクロースも雪だるまもころころと転げ落ちてテーブルの下に入り込む。

ずっと聞きたかったことを口にした。


「あなたはなんであたしと結婚したの?」

一瞬の間があった。それは一瞬のように思えたけど時計の秒針の音をいくつか数えて目を閉じたからおそらく相当長い時間だったんだろう。



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