ココアブラウン

片す

雄治はそのまま親会社に戻るといってあたしと別れた。

あたしはオフィスに戻る道すがら新しい靴を買った。

歩きやすいナースシューズ。すぐに履き替えてかかとをならした。

華奢なヒールよりずっと身が引き締まる。



足早に歩いて会社に戻った。



あたしの机には昨日と同じようにメモがたくさん置かれて、何も変わらない日常がそこにあった。

違うのは情報漏洩調査のための資料は片付けられて棚ごとどこかに持ち去られていたことくらい。

たったひとつだけメモが残っていた。

「今回の件につき報告書をまとめて提出のこと」

あんなに大騒ぎになって誰もが青くなっていたのに、もうそれは「終わったこと」として片付けられていた。

ざわめいて何も変わらないオフィス。

主のいない新の机にはもう誰かの荷物が置かれていた。


あたしはその荷物をどかせて新の机の掃除をしようとした。


それは他の机に比べてほこりもなくて変にこざっぱりとしていた。

新はそんなにマメに掃除をするタイプじゃない。

いつも乱雑に資料が置かれてた。

いつも、飲みかけの紙コップが置いたままだった。

あたしはいつも新の紙コップを片付けてた。

机なんて足元に本を押し込むものだから、机の中にいすを入れることができずにいつも腰を引いて浅く座っていた。


なのに、今の新の机はあんなに大量にあった本も資料も古いかばんも、履きつぶした靴もきれいさっぱりと何もかもが消えていた。



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