ココアブラウン
「あけましておめでとうございます」

「おめでとうっす」

「本年もひとつ」

「休み中はどこか行かれたんですか?」


軽いあいさつを交わして仕事が始まる。11年目の春がもうすぐやってくる。


あたしも社内をあいさつして回った。

あちこちでお土産のお菓子を渡されて社内に配るように頼まれた。

お菓子の箱を抱えて社内を練り歩き、すれ違う人たちに配って回った。


「西田くん、ちょっと」


あたしは部長に呼ばれた。


「部長、あけましておめでとうございます」

「ああ、おめでとう。早速だけど井上新のことだ。正月休みに本人から私に連絡があった。検査で入院してるそうだ。謹慎期間でちょうどいいと本人は笑ってた」

「井上さんと連絡取れたんですね、よかった」

「10月の健康診断で不安な点があったようでこの機会と思って入院したそうだ。徹底的に悪いところなおしてこいといってやったよ。まあ、あいつが一番治さなけりゃいけないのはあの軽い頭だな」

「元気、と言い切るにちょっと違うけど元気なんですね。本当によかった」

「あいつは独身だからこういうことがあると連絡が取りづらくなってあわてるよ。ほとぼりがさめたらとっとと結婚させたほうがいいな。西田くんも独身の友達でいい子がいたら井上に紹介してやってくれ」


そうですね、とあたしは微笑んだ。部長がこんな冗談めいた話し方をするのは珍しい。

新のことを心配してたんだろう。

なんだかんだ言ってもかわいい子飼いの部下だから。



あたしも安心していた。

どこかに行ってしまったんじゃないか、と不安でたまらなかった。

もう二度と会えなくなるんじゃないか。と。


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