ココアブラウン
「新ちゃんの病室に入ったとき、先輩のプワゾンの香りがふわっと強くなった。これだけたくさんのバラよりも。朝つけた香水がバラの香りをしのぐほどときめくような相手があんなふうになってるのにあなたはこのまま帰るんですか?」


絵里の抱えたバラの香気があたり一面に広がっていた。


「先輩、私は先輩に謝らなきゃいけない。新ちゃんは私にとっていい兄さんで。優しい兄さんが他の誰かを想ってるなんて認めたくなかった。だから、私は先輩にいじわるした。ことあるごとに新にじゃれついて先輩の反応を見てた」


絵里は1本だけバラを抜いて花びらをむしりだした。

一枚ずつ周りにまきちらす。

通りかかる人々が非難がましい目を向けたけど絵里はまったく気にしていないようだった。


「先輩は淡々と仕事こなしてましたよね」

絵里はふっと薄く笑う。


「西田先輩、もう意地はらないで。新ちゃんのこと好きなんでしょ?今戻らなきゃ一生後悔する」


絵里はあたしの体をひっくり返して病院のほうに向けた。

今のあたしにはこの建物は大きくそびえたって見えた。


「30代って大人に見えて子どもですね。新ちゃんも先輩も。私に言わせたら子どもで極悪です。欲しいものを欲しいといえないなんて。2人とも仕事は冷静にこなして、取引先ともうまく交渉できるのに。世話焼かせないでくださいよ」



「戻って、先輩。今すぐに」



絵里はどんとあたしの背中を押した。

絵里はカツカツとヒールの音を立てて歩いてあたしは背中でその音を聞いていた。

音が遠くなってあたしが振り返ったとき、バラの香りだけを残して絵里はもう立ち去っていた。



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