ココアブラウン
「先輩、他のみんなには内緒ですよ」


あたしが言わなくてもこの子は自分でどこかで話すだろう。

それは噂になって、尾ひれがついて。


そうやって去っていった社員を何人も見てきた。

「雄治さん、親会社でうちの会社を管理するポストについたって。私もこれから人事面談ですけど部長クラスにいろいろ言うより雄治さんに直接言っちゃうから。テキトーに戻りますよ」


1時。絵里は席を立った。


あたしのチキンソテーは固く冷え切っていた。

10分早く戻るって言ってたけど。

絵里はそういう子だ。

立ち上がるときぐらり、とめまいがした。

絵里の毒気に当てられたのかもしれない。

そういえば。



あたしはもうこの会社に入って10年だった。

10年勤め上げた社員には2週間の休暇が与えられる。

夫に相談してどこかへ出かけられるだろうか。

あの人はあたしの予定なんか耳を貸さないだろう。

いつも会社とそれに付随する付き合い、あたしの役割はいつでも食べられる食事といつでも暖かい布団を用意するだけだ。

友達と出かけようか。

みんなそれぞれ家庭があってかわいい子どもたちがいる。

独身の友達は管理職であったり、総合職であったり。

こんな中途半端に働いているあたしとじゃかえって気を使わせる。

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