ココアブラウン
「大人になったらさ」


新はグラスを傾けた。

「嫌なこともつらいことも表にだせない時たくさんあるよ。
そういう時に旦那さんに甘えたりするんじゃない。
俺は嫁もいないからひとりで引き受けないといけないけどね。
ゆかちゃんだって旦那さん甘えさせたりするんだろ」


夫の顔をぼんやりと思い浮かべた。

あたしは言った。


「あの人があたしに甘えることなんてないわ。あたしのこと見てもくれない」

「でも好きで一緒になったわけだろ?いくらケンカしたからってそんなふうにいっちゃ」




新の言葉が止まった。





あたしの目から涙があふれていた。



新の言葉はあたしの中の不満をせきをきったように溢れさせた。



「あたしのことなんか、誰だって見てないわ。会社だって便利に使うだけ使って」


何故なんだろう。



新と話すとあたしは感情を押さえられない。





「夫だってただで使える家政婦程度にしか思っちゃいないのよ。毎日毎日ごはんと洗濯。当たり前だと思ってる」




まるで駄々っ子だ。


こんな風にさらけ出したら嫌われてしまう。


それなのに酔いのせいなのか、新の磁場があたしの中の何かを突き動かすのか、あたしは自分のことを止められなかった。

普段表に出ることのない抑圧された感情がまるで火山のように噴火していた。




新の手がゆっくりとグラスを置いた。




「みんな、みんなあたしのこと馬鹿にして」



引き寄せられた。




あたしの耳は新の心臓の真上にあった。

とくんとくんと規則正しく聞こえる鼓動。

顔を上げると新の顔が間近にあった。



「ゆかちゃん」



背中に回された温かい腕の感触が心地よかった。


「ごめんなさい」

「ゆかちゃん、何があった?」

「なんでもない。ごめん、取り乱して」

「少しはおちつけた?」


新の肩ごしに床の間に生けられた桔梗と女郎花の花が見えた。




あたしは我に帰った。





・・抱きしめられている。夫以外のオトコに

< 54 / 207 >

この作品をシェア

pagetop