ココアブラウン
廊下には誰もいなかった。

ひんやりと静かな深夜のホテル。


1104室の前に立ってあたしはひとつ深呼吸をした。


ドアを叩いた。

たっぷり30秒。

ドアが開いて新が顔を出した。

「なんとなく、来るんじゃないかって思ってた」


新はあたしをまっすぐに見た。


あたしは目をそらさなかった。

「おいで」

あたしの二の腕をつかんで新は自分のほうにあたしを引き寄せた。

新の顔が間近に迫ってあたしの唇をふさいだ。

あたしは目を閉じなかった。

この瞬間を目に焼き付けておきたかった。

初めての自分が望んだキス。

夫とは違う唇の感触。それは温かくてやわらかだった。


新はあたしのことを抱えあげるとベッドに運んだ。


そして、そっと体を置くとあたしの上に乗りかかった。






ーもう、あともどりは、できないー

< 61 / 207 >

この作品をシェア

pagetop