ココアブラウン
「ため息つかないで欲しいわね」

美樹が応接室に入ってきた。

シンプルなモカブラウンのスーツ。


「西田って言わなかったのね。こういうのはあの人がやるべきことなのに相変わらず私や隆太から逃げてるわけね」


美樹はタバコに火をつけた。

その拍子にジャケットの裏地が見えた。

シンプルなスーツだと思ったのに裏地は繊細な縫製がほどこされ華やかな模様が入っていた。

あたしはそのジャケットが美樹の動きをじゃませず、むしろ引き立てていることに気づいた。


あたしは銀行の封筒を差し出した。中は新札で20万円。

「ありがとう、これはここまでやってきたあなたに対するお礼よ、西田に伝える必要はない。あなたもこんな仕事、断ったっていいと思うわ。妻がやるべきことじゃない」


肺に届くほど深く煙を吸い込む。


「悪いけど今日は立て込んでるから。その雑誌、今月号のR-BOOM持って帰っていいわ。それで少しは勉強して服でも買って」

じゃあね、と美樹はタバコを神経質なほど強く灰皿に押し付けると来た時と同じように颯爽と去っていった。

カツカツとヒールの音が聞こえる。

8センチはあるだろう高いヒールを美樹ははきこなしていた。
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