ココアブラウン
「いらっしゃいませ」


そのブティックに入ると店員があたしに声をかけた。

R-BOOMの巻頭ページに載っていた店だ。

店員は控えめながらも上品な仕立てのスーツを着ていた。


あたしが店を一周しても店員はそれ以上近づいてはこない。

あたしはハンガーにかけられたスーツを見ながら様子を伺った。

店員はディスプレイされたニットのしわを伸ばしながら店の入り口を見ていた。

しびれを切らしてあたしは店員に声をかけた。


「あの、よくわからないんです。自分に何が似合うのか」

「そうですね」

その店員は上から下まで舐めるようにあたしを見遣った。

値踏みされていることを感じていたたまれない。


「お客様は落ちついたお顔立ちですから上質な素材のものがよいかと」


-プロ。地味な顔って言わないんだ-


「できるだけ華やかにみえるものが着たいんです」

「でしたら、こちらなんかいかがでしょう?」



店員が差し出したのは臙脂色かかったスーツだった。


「見た感じの印象と着てみた印象はかなり違うと思いますよ」


あたしは素直に試着してみた。

地味に見えた色目はあたしの肌の色にあって顔立ちが白くくっきりと際立って見えるような気がした。



「いかがですか」


試着室の外から店員の声がした。

あたしは外にでた。


「やっぱりお似合いです。この色は人を選ぶんですけどお客様は服に選ばれてますね」


自分の靴を履いて歩いてみた。しっくり来ない。



「靴はこちらなんかいかがです?足が細く見えますよ」



店員が差し出した靴はかかとが高くあたしはぐらつきながらそれを履いた。

視点が一気に高くなってあたしは気後れしなくなっていた。



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