ココアブラウン
あたしが飲みたいと思ったのは初めてだった。

お付き合いの範囲でしか飲まない。

酒は絡んだり泣いたり笑ったり、隠したいものをすべて暴いてしまうから。


まわりには会社のオトコたちが群がっていた。

さっきまで遠巻きに様子を伺っていた連中が嵐が去るやいなやまた輪を作っていた。


「西田さん、飲めるじゃん。さあ、もう一杯」


あたしは次々注がれるまま杯を空けた。

会話の内容は頭に入らず素通りしていた。

視線の端に見えるカウンターで雄治と新が話しているのをただ眺めていた。



「・・・だからさ、ゆかちゃん」


気付いたら誰かの左手があたしの腰に巻き付いていた。


「このあと、さ」

耳元で囁く声が誰のものかわからない。



ゆかちゃんって呼んでくれるのは。



新、なの?


焦点の定まらない目で左手の主を見ると同僚の山本というオトコだった。

女グセが悪いことで有名な人。

妻帯者であることを隠して毎週のようにコンパをしてオンナを食い荒らしているオトコ。

落としたオンナの数が勲章だと言っていた。




あたしにはこれまで見向きもしなかった。



ああ、これ口説かれてるんだ。

化粧や服を変えただけで手の平を返したように擦り寄ってくる。




でも。


あたしが想う人は、


あたしのことを、


見ては、


くれない。


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