彼が彼女になった理由(ワケ)
シンプルなシルバーリングの内側には刻印。

『刻印無料サービスだって言うから。』

綾斗はぶっきらぼうに言う。
それが照れ隠しにも見えて、また愛しく思う。

去年のホワイトデーの日付が刻印された指輪。
薬指にぴったりはまり、傷一つ無い表面に自分の顔が映った。

『夏波が見たっていう弟の部屋にあったやつだけど…』

そんな指輪を綾斗の大きな手が覆い隠す。

決して柔らかいとは言えない。
だけど温かくて優しい綾斗の手。
私の手をすっぽりと隠してしまった。

『俺、本当に自分で食べたから。 形も色も味も…まだちゃんと覚えてる。』

真っ直ぐな目に見つめられ、また涙が溢れそうになる。

私の勘違いだったの?
あれは、他の人のだったの?

『…私と同じラッピングだったから…ちょっと驚いた。』

よく考えれば同じお店で買ったラッピングなら外見は同じはず。
なのに私、綾斗に1年も冷たい態度を…

『…ごめん…綾斗…』

綾斗はホワイトデーに、こんな素敵なプレゼントを用意してくれてたのに。

『夏波。 顔上げて。』

申し訳なさに俯く私にそう声をかけてくれる綾斗。
だけど1年間、私がとっていた態度はすぐ許されるわけもないだろうと恐くて顔が上げられない。

そんな私に言ったんだ。

『ここにしてくれたらチャラにしてやるよ。』

名詞も動詞もはっきりしない言葉。
それを確かめようと顔を上げると、意地悪な綾斗の笑みが視界を占拠した。

『こ、ここ…?』

ここって一体…

『ここ。 俺の喜ぶ事してよ。』

長い人差し指が綾斗の唇を差す。
唇に喜ぶ事…
それってつまり…ッ

『してくんないの?』

意地悪綾斗。
そんなの恥ずかしくって…

『んじゃ許さない。』

何よ。
そんなの強制的じゃん。

『…じゃあ目、つぶってよ。』

一か八か、やってやろうじゃん。

綾斗も驚く、とびきり甘い。
チョコよりもうんと甘いキスを……






『好きだよ夏波…』

でも結局、甘さにやられたのは私の方。
優しい意地悪と甘い言葉で、人の気持ちを操る小悪魔くん。

君にはまだまだ勝てそうにない。
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