彼が彼女になった理由(ワケ)
肩を少し過ぎる、サラサラの黒髪。
引っ掛かる事なくスッと指が通る、そんな唯子の髪が好きだった。

それを真似して、俺が今かぶってるのはサラサラのロングヘアの「かつら」

より自然な感じになるよう、高級人毛のかつらを必死に探したよ。

そして服装は姉から借りたお嬢様学校の制服。

ここまでしてきたかいもあり、唯子も気付かず通り過ぎていった。

つか、通り過ぎてっちゃ意味ねーんだよ。

第一、ここが何処かわかるか?
俺の住んでた家だ。

元カレの家の前に女子高生が立っている。
そんな気になるシチュエーションは滅多にないだろ!?

おい、唯子!
こっち向けっつーの!

ローファーを地面に打ち付けるよう足踏みして、唯子が振り向くのを待ってみる。

それが駄目で、今度はドアを思いきりノックする。
ドンドンドン……
唯子は気付かなくても、さすがに近所の目が痛いくらい厳しくなってきた。

いくら女の格好をしていても、顔を変えたわけじゃない。
少しぐらい疑ったりしてもいいだろう?


『あの。 すみません……』

ったく。
結局、俺から声をかけなきゃならねーのか。

『ここ、田辺聖くん……の家ですよね?』

ほら、のってこいよ唯子。

『……聖…?』

ようやく振り返った唯子は少し無理をしたような笑顔を浮かべていた。

そりゃそうだよな。
目の前から突然消えた、元カレの事なんだから。

『そうですよ。 でも、2年くらい前に家族で引っ越しされましたけど』

にっこりと、穏やかな笑顔。
それは俺が知っているものより、遥かに大人びたものだった。
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