もう一つの【ゴル裏】〜いつかの公園のベンチで〜
ゴール裏では既に多くのサポーターの手によって戦いの準備が進められていた。
僕はゴール裏の階段を降りて行った。
(*^^)
「ゴール裏の真ん中右寄り、前の方」
しぃちゃんと決めた「僕らの場所」を確保し彼女からの連絡を待つ。
しぃちゃんは今朝、僕の部屋から出勤して行った。最近の週末は殆どと言って良いほど僕の部屋に泊りに来ている。もちろん彼女のお母さんにも了解済みだ。
彼女にはお父さんがいない。
元々病弱だった彼女のお父さんは、しぃちゃんが成人してすぐに、長い闘病生活から開放された。
偶然にも僕には母親がいない。僕が高校を卒業して名古屋の大学で遊びほうけていた時、心筋梗塞で倒れたとの連絡を受けたが帰省するお金も無いような、ていたらくだった。実家に辿り着いた時は既に葬儀の最中で、額縁の写真の中で笑っている母親はいつものように「おかえり」とは言ってはくれなかった。最後の時を看取る事が叶わなかった僕は大いに悔み、母親との約束であった「四年で卒業」を守り、なんとか大分の企業に就職する事が出来た。
しぃちゃんのお母さんはとても気さくな人で、初めて彼女の家に挨拶に行った時も、「ご迷惑をおかけする事もあるかも知れませんが、よろしくお願いします」と言った僕の背中をパンパンと叩きながら、「いっぱい迷惑かけて良いよ」と笑ってくれた。
もちろん迷惑などかけてはいない。しぃちゃんを週末に独占する以外は。
そんな事を考えながらポツンと座っていると、見覚えのある顔が話し掛けてきた。
鳥栖スタジアムで会った、あのサポーターの人である。
(・∀・)
「おう、久しぶり。今日は彼女と一緒じゃねーの?」
(´・ω・`)
「はい。あの、遅れて来ます」
(・∀・)
「そうか、じゃあ暇ならちょっと手伝ってくんね?」
そう言われて雑巾とバケツを差し出された。
(・∀・)
「これでさ、椅子拭いてってよ。出来るとこまでで良いから」
周りを見ると数人のサポーターが椅子を拭き上げて行っている。
(´・ω・`)
(しぃちゃん来るまでまだ時間あるし、まあ良いか)
僕はバケツと雑巾を受け取ると前方の椅子から拭いていった。黄色い椅子は埃だらけで一列を拭き上げる頃には雑巾は真っ黒になった。