【ひな祭り短編-2009-】初恋の味はひなあられ。
「サキ、ヒロ君にお別れのあいさつしてきなさい」
引っ越し当日。
すっかりがらんとしてしまった家の前で家族写真を撮ったあと、お父さんが言った。
「わかった」
「父さんたち、先に車で待ってるから」
「うん」
あたしは、今にもこぼれてきそうな涙を必死にこらえてヒロ君の家まで走った。
今日もあたしの手にはおばあちゃんが作ってくれたひな人形が握られていた。
お母さんに何度も「段ボールにしまいなさい」と言われてたけど、そんな暗くて狭いところには閉じ込めておけなくて。
荷物になると分かっていても、どうしてもと言い張ってずっと手元に持っていた。
おばあちゃんが亡くなる前、悔しくて辛かった思いを吐き出したとき、『来年はもっとすごいの作らないとね』って言ってくれたおばあちゃん。
だけどそれは叶わなかったから。
だからこれが、おばあちゃんが最後にくれたひな人形になって、大事な宝物になった。
まだかすかにおばあちゃんの温もりが残っているから、少しの間だって離れたくなかった。