あかねいろ

すると大斗はまた受話器の口元を押さえて


『「うん」と言え』


と言った。


至近距離で彼の真剣な瞳に見つめられた。

あたしは…きっと物凄く情けない顔をしている…と思う。


大斗はまたあたしの頭をポンポンと叩いて、すごく優しい顔で「うん、うん」と頷いている。


あたしは…大きく深呼吸をして


『はい…』


と一言答えた。


さっきとは違う魔術がかかったみたいだった。

「うん」と言うつもり、なかったのに…


〈良かった…。また電話するわね〉


そして通話は素っ気なく切れてしまった。


ぎこちない会話。

受話器を下ろして大斗を見た。


『よし、行くか?』


へ…?

大斗のセリフに状況が掴めない。


『別にそのまま連れ出してもいいけど、お前はヤだろ?10分だけ待ってやる。早く準備しろ』


と言う


『煙草2本吸うまでね。その後は無理矢理にでも連れてくよ』


とニヤリと笑っていた。

電話の余韻に浸ってる場合じゃない気がしてしまい、とりあえず速攻でリビングを後にした。


慌てて着替えて髪の毛のゴムを解いてメイクをして急いで戻った。


『10秒オーバー』


足音を聞いて立ち上がっていた大斗は夕陽が入ってくるなりそう言って、玄関に向かっていく。

言葉をかける隙もなく、夕陽は大斗についていった。



バイクに乗るように促されて、あっという間に着いたのは大斗の家。


『ちょっと待ってろ』


玄関を開けたまま夕陽に言った大斗は部屋に入って行く。

夕陽は訳がわからなくて大斗を見ていた。


彼は冷蔵庫を開ける。

そして扉を開いたまま少し中を見つめて、何かを取り出した。


えっ?

なんで冷蔵庫に手紙?


そして、取り出したひんやりした手紙を夕陽に渡す。

『なに?なんで?』

受け取った手紙と大斗の顔を交互に見る夕陽。

大斗は何も言わない。

無意識に手紙を裏返した。


【大斗へ―】



封筒には綺麗な文字でそう書いてあった。


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