だって好きなんだもん!(Melty Kiss バレンタインver.)
瞳を閉じていたわたしは、いつ、お邸についたのか分からなかった。
そのくらい、清水の運転は丁寧なのだ。

頭の上から、軽い笑いを含んだパパの声が聞こえてくる。

「ねぇ、清水。
悪いんだけど彼女、寝ちゃったみたいだから部屋まで運んでくれない?」

……パパって最低の悪魔だ。
  最低の悪魔、って以上の罵りの言葉を知っていたら今すぐここで使いたいんだけど、今のところわたしの持ち合わせているボキャブラリーの中でもっとも悪い人に向かって使う言葉が、コレなんだからしょうがない。

「承知しました」

清水の声に感情なんて見えない。

……どうしよう。
  今すぐ目覚めたふりを、するべき?

だけど。
わたしはずるいから、少しでも清水の傍にいきたくて寝たふりを決め込む。
車のドアが開き、冷たい外気を感じた一瞬の後。
丁寧に抱き上げられるのを感じた。

煙草の匂いもお酒の匂いもしないその胸の中にもっと顔を埋めたいのだけど、そうすると起きている事がばれてしまう。
わたしは、いつかの文化祭で演じた眠り姫の役を思い出して、たぬき寝入りを続けた。

「ああ、このままベッドの上に置いておけばそのうち起きて着替えると思うから。
もちろん、脱がせたいならどうぞお好きに」

パパの軽い声が飛んでくる。

「……紫馬さん?」

清水の声に、呆れた色が混じる。

「ねぇ、都ちゃん?」

危うく返事をするところだったじゃない!
ダメよ、ダメダメ。

……少なくとも、パパはわたしが眠ってないことに気づいてるわ。

どうしよう。
と、思った瞬間。多分必要以上に瞼に力を入れてしまったみたい。

ふわりと、柔らかい声が耳を擽る。

「大丈夫ですよ、都さん。このまま部屋まで連れて行って差し上げますから」

それだけで、もう。
わたしの心拍数は上昇していく。
赤らんだ頬を見られたくなくて、清水の胸に顔を埋める。

「何かあったんですか?」

こういう時、いったい何てこたえればいいのかしら。
何も思い浮かばなくて、わたしは唇を開くことが出来ない。

今日の試験に出れば良かったのに、こんな問題が。
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