水中鉄道の夜-始発駅-
 話の中で、手を繋いで公園を散歩するのと、吉牛で食事をしたいと言うのは少し躊躇ったけれどちゃんと話す。

「トール君は吉乃屋なんて嫌?」
「いいえ、俺は食わせてもらえるなら何でもいいですけど、でもどうして吉乃屋で牛丼なんです?」
「女の子同士じゃ入りにくい所だから」

 力説する私がいったい何を言っているのか、理解出来ていないと言うような視線を私に投げてよこす。

「まさか、入った事がないんですか?」
「ない」

 言い切る私に、さらにトール君が驚く。

「珍しいですね」
「そうかな? 女の子には入り難いお店の1つだと思うけど?」
「松屋とかなら結構入り易いでしょう?」
「まぁね、でも先輩と入ってみたかったのは吉乃屋の方だから」
「なるほど・・・、判りました」

 トール君は納得したようだったけど、考えてみれば夕食付きのバイトとして吉牛は悪かったかな?と思った。

「その分バイト代弾むから許してね」
「そんなの気にしなくていいですよ」

 そう困ったように笑うトール君に、ドキリと心臓が高鳴った。

 何だかトール君って雰囲気のあるコだな。
 こっちがドキッとするような表情を時々見せるのよね。

 一瞬だけ馬鹿な事を考えていると、前回の上映が終わったらしく、扉が開いて人の波が流れ出てきた。

「終わったみたいですね」
「そうだね。平日のこんな時間だからかもしれないけど、比較的空いているからこれなら座れそうだよね」
「そうですね」

 流れ出ていく人波を見つめ、その中で幸せそうなカップルに気付いた。

 お見合いして、結局の人と結婚することになちゃっても、あんなふうに幸せになる事は出来るのかな?

 恋は片方の努力だけじゃどうにもならない。
 このまま甘い恋もしないで、子供を生んで年を取っていくんだろうか・・・。

「枝実サン?」

 羨ましげにカップルを見ていた視界一杯にトール君のアップが映り、私は慌てて後ろに下がった。

「な、何?」
「列、進みだしましたよ」
「あ、ほんと?」

 慌てて前を向いて、列の流れのまま館内に入った。

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