水中鉄道の夜-始発駅-
 すごく満足した気分で映画を見終え、映画館から外に出る。

「さて、お次は吉牛でしたよね」
「ね、トール君はどこに吉牛があるか知ってる?」
「西武の方にあったと思いますけど?」

 渋谷なんてお買い物の時ぐらいしか行かないからあまり詳しくなかったのだけど、トール君が吉牛の店がどこにあるのか知っていそうだったのでほっとした。

 2人で西武の方へと歩いて行く。

 トール君ってば足が長い上に歩くのが速くて、普通について行っているように見せかけて追いかけるのがすごく大変だった。
 でも、結局、時々小走りにならないとつい遅れがちになってしまって、そんな私に気付いたらしいトール君は私に合わせてゆっくりと歩いてくれるようになった。

 それに今気付いたんだけど、並んで歩くとさっきからトール君は何気に道路側を歩いてくれる。

 もしかしてトール君って結構フェミニスト?
 それともただ単に優しいだけ?

「渋谷とか、あまり詳しいわけじゃなさそうですね。枝実サンはどこに住んでいるんですか?」
「三軒茶屋よ」
「1人暮らし?」
「そう」

 22歳でこっちに出てきて、会社の寮に入り、今は1人暮らし。

 夏休みとか正月休みぐらいしか家には帰らないけど、別に寂しいとか思った事はなかった。

 家は信州で農家を営んでいて、両親はいつも忙しそうに働いていたし、兄が家を継ぐとかで私は自由にさせてもらっているけど、家族の触れ合いとかは結構少なかったように記憶している。
 それが寂しいだとかは思ったことはないけれど、私の自立を早めた原因でもあると思う。

 夢にまで見た吉牛にトール君と入り、牛丼を頼んだ。
 店にいるのは、サラリーマンのおじ様ばかり。

 企業戦士の疲れが見えるのは、この景気の悪さのせいかもしれない。
 どんな仕事にしたって大変だ。

 私だってこの仕事は好きだと思っていても、たまらなく辛いと思うときもある。

 時々、大きな声で喚いてジタバタと暴れたくなるけど、それをぐっと我慢して毎日を頑張るしかない。

 ふと横を見れば、食べている私を楽しそうに見ているトール君がいる。
 トール君はまだ学生で、そんな辛さも知らない笑顔だ。

 それが何だか少しだけ私の気持ちを軽くした。

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