水中鉄道の夜-始発駅-
「おいしいですか?」
「うん、思っていたのよりずっとおいしい」
「それは良かった」

 牛丼の並はかなり量があって結局食べきれず、私は手を合わせる。

「お百姓さん、残してごめんなさい」
「枝実サン。何やってるんですか?」
「残しちゃったから、お百姓さんに謝っているの」
「は?」

 家では、自分の食べられる分だけとって食べる。

 残す時はお百姓さんに手を合わせて謝ること。

 それが家でのルールだった。
 それを今でも私は実行している。

「一生懸命育てたものを残しちゃったんだもの、謝らないとね」
「・・・・・・」

 唖然としているトール君を放って、会計を済ませてしまう。

 みんな同じ反応をするので、もう慣れっこだったりする。

 家が農家だからかもしれないけれど、育てて出荷するまで、本当に大変なのもわかっているから、恥ずかしいと思わずにやっていた。

 おなかいっぱい、満足一杯な気持ちで店を出て、渋谷の駅の隣にある公園へと向かった。

 すぐ横を電車が通っている小さな公園だけど、他の公園に行くには時間的に問題があったし、公園は公園だからと言って、ここにしてもらった。

「枝実サン、はい」

 公園に入ると、そう言って、トール君が手を差し出した。

「何?」
「手を繋いで公園を散歩するんでしょう?」

 確かにそう言ったけど、本当の恋人同士でもないし、今日はじめて話した相手と手を繋ぐなんて普通嫌じゃないかと思っていたから、トール君のその言葉にはすごく驚いた。

「でも、トール君は嫌でしょう? 無理にそんな事しないでいいよ」
「別に無理なんてしてませんよ。嫌なら自分から手を出したりしませんし、枝実サンなら嫌じゃないです。だから、はい」
「・・・トール君、ありがとう」

 少し恥ずかしかったけど、そっとトール君の手を取った。
 大きくって少し冷たい感じの手。

 トール君と手を繋ぎ、楽しく話しながら散歩していると、狭い公園だったので一周なんてあっと言う間だった。

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