水中鉄道の夜-始発駅-
 本日、ノルマも無事に達成し、今日は早めの帰宅となった。
 時計を見ればまだ、6時前。
 久しぶりの早い時間に、今日は何をしようかと思案しながら駅に向かう。

 去年までは寮住まいだったのだけど、今年からは家賃半額負担で寮を出て、寮からすぐ目と鼻の先に住んでいる。
 寮も同じ造りだし、ユニバス、火を使わないIHの電気コンロがついたキッチンつき1DKマンション。
 時たま寮の後輩がおかずを分けに来てくれたりして、なかなか快適な生活ライフを送っていた。

 今日は早く帰れたから久しぶりに渋谷にでも出て、おいしい夕食に華を添えてくれるような食材でも探そうかとホームで電車を待っていると、すぐ横に誰かが立った。

 あれ?と見てみれば、朝の彼。

 部活か何かで遅くなったのかな?

 そう思いつつ、ふと、あることを思いついた。

 お見合いは断っていいと言っていたけど、多分・・・そのまま受ける事になってしまうだろう。
 だったら、その前にデートなるものをしてみたいと思った。

 アコガレの先輩はもういないけど、その先輩に似ている彼に出来なかった事をしてもらえたら、見合いもそう悪くないと思えるかもしれないと思ったのだ。

 でも、急に『デートして』って言っても警戒されるし、それじゃただの変なお姉さんよね?
 どうしたもんかと考えていると、こんなのだったらどうかな?って案が浮かんだ。

 私たちの周りには丁度誰もいない事だし、私は思い切って彼に話し掛けることにした。

「ねえ、君、これから時間空いてない? 時間が空いているなら1時間千円で、簡単なバイトしない?」
「は?」

 いきなり話し掛けてきた私に、彼は驚いた表情を向ける。

「肉体労働ナシで、夕食付き、一応法に触れるような事も一切ナシの時給千円のバイト。あ、電車が来ちゃったね。取りあえず話を聞く気があるのなら私の隣に座ってね」

 丁度ホームに電車が入ってドアが開く。

 言いたかった事を、言った私は車両に入ると、あまり人のいないところに座った。
 これは一種のカケだから、彼が私の横に座らなくても気にしないつもりだ。

 っていうか、普通警戒して座らないでしょう。

 用心深い方が、賢いってもんだし。

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