水中鉄道の夜-始発駅-
 ちょびっと神様の不公平さに、恨みをぶつけたくなるのを我慢し、カバンから名刺を取り出した。

「一応、会社の名刺。これで身分証明できるでしょう? でも、帰りには返してね、悪用されたら困るから」
「・・・藤沢 枝実サン、ね」

 渡した名刺から彼は、何だか投げやりのような感じで私の名前を読み上げる。

「君はトールくんでしょう?」
「どうして知っているんです?」

 私に向ける視線は、少しだけ冷たい感じのものだった。

「同じ学校の女の子が電車の中で、君の事をそう呼んでいたから」
「・・・なるほど」

 納得すると、トール君はズボンのポケットに名刺を入れた。

「それで枝実サン、まずはどうしたいいんです?」
「え? ああ、えっとね、まずは映画を観に行きたいの」

 何も動じないで余裕の態度のトール君に、逆にこちらが焦ってしまっているほどだった。

 場数が違うの?
 そんな馬鹿な事が思い浮かぶ。



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