天使の林檎
 6月下旬。

 雨の日が続くようになり、じめじめとした日が続いている。
 空の雲もどんよりとして、何となく気分が冴えない気がした。

 いつものようにキャンバスを片付けて戻ってくると、イーゼルがなくなっている。
 ほぼ毎日のことだからか、感謝の気持ちは薄れないものの、それにも慣れた。
 
「桃先輩!」

 由梨ちゃんが嬉しそうに私のそばに来る。
 私が1年の時は、皆で最後の掃除をしたものだけど、この子達は分担をわけて自分の担当の場所が終われば好きにしていいってことにしたらしい。
 そのせいで、個人によって終わり時間にバラツキがある。

 由梨ちゃんは手際が良く、要領もいいので、いつも1番に終わっていた。
 そしてすぐに私のところへと来る。

 次に来るのは大抵諏訪君だ。

 由梨ちゃんは諏訪君目当てで入部希望したが、今ではすっかり彫刻に魅了されている。
 そのせいか、諏訪君と話している様子を見ると、以前とは違っていた。

 やっぱり多少は意識はしているものの、同じ美術部員として接しているのがわかる。

 諏訪君も最初は由梨ちゃんに対して警戒しているような雰囲気だったのに、今はかまえることなく会話してた。

 私はだって時々見とれるほど、諏訪君は綺麗だ。
 恋愛感情がなくっても、諏訪君を前にしたら誰だって意識してしまうだろう。

 今や、学校中が諏訪君の事を知っていた。
 綺麗で天使のような微笑を持つ彼を誰もが気にかける。

 そのすごさは友紀とは比較にならないくらいだった。
 まあ、私は1年の時の友紀を知らないから、友紀も今の諏訪君と変わらなかったのかもしれないけど。

 由梨ちゃんから聞いた話だが、天使のようだと称される諏訪君も意外と意思がハッキリしているらしく、告白をされても迷うことなくハッキリ断わるらしい。
 非常識な行動を取れば、冷たい態度で手加減なしに注意をする。

 普通なら逆ギレとか憎まれたりするものなんだろうけど、最後に諏訪君が天使の微笑みを見るとみんな大人しくなると言うのだ。

 けれど、それって、本当に天使の微笑みなんだろうか?
 非常識な行動を注意した後の笑顔?

 諏訪君は友紀と同じで、処世術に長けているんじゃないかと思った。

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