天使の林檎
 土砂降りって訳でもなく、比較的小雨っぽい雨。
 私と身長がほとんど変わらない諏訪君だから、小さい傘でも無理はなかった。

 諏訪君は私が濡れないように気を使って傘を傾けるので、私は、時々傘の先を指でちょこんと押し戻す。

 いくら肩にビニールがあるといっても、やっぱり後輩を濡らしてしまうのは気がひける。

「私、駅についたら親に迎えに来てもらうから、このまま傘使っていいよ」

 諏訪君は私の降りる駅より先の駅で降りて、そこからバスだと聞いていた。
 駅に着いて傘をたたむ諏訪君にそう言う。

 うちのお母さんは専業主婦だし、なにより車の運転が好きだから頼めば迎えに来てくれる。
 このまま諏訪君が傘を持って行っても何も問題はない。

「可愛い柄の傘で悪いけどね」
「でも・・・」
「でも・・・はなしで、お礼を言って?」
「・・・はい。ありがとうございました」
「ううん!」

 諏訪君は上下関係をすごく気にする。
 先輩の言葉は殆ど無条件で受け入れてしまう。

 本心ではどう思っているかわからないけど、先輩の言葉にNOと言えないみたい。

 だから諏訪君と話す時は充分注意するようになった。
 何でもない言葉をうっかり言っただけでも、諏訪君には命令になってしまうからだ。
 
「明日、ちゃんと返しますね」
「うん。でも傘は他にもあるからあまり急いでないし、部活の時とかついででいいよ」
「はい」

 また諏訪君のあどけない笑顔が浮かんだ。

 いつものふんわりとするような天使の笑みではなく、諏訪君の年齢の男の子なら誰でも浮かべるような笑顔。
 その笑顔が私を優しい気持ちにさせる。

 天使の微笑みじゃなくてもいい。
 諏訪君が心から素直に笑える笑顔をもっと見たい。

 そう、思った・・・・・・。

< 39 / 49 >

この作品をシェア

pagetop