━Holic━
わたしは彼女の正面に回り屈んだ。
「妃紗、おはよう…っていっても、もうお昼なんだけどね」
軽く微笑んでみる。
でも、彼女が笑みを返してくれることはない。その瞳にわたしの存在を映してくれているのかすら、不明。
「今日はね、シイヤも一緒に来たんだよ」
「妃紗?久しぶり。ごめんな?最近あんま来れなくて」
シイヤが妃紗の頬に触れた。
妃紗はそれにすら反応しない。動く物を目で追わないんだ。どれだけ乱暴に揺すっても〝痛い〟とさえ言わない。言えないの。ただずっと、ある一点を見つめ続けている。
妃紗は確かに生きているのに、自我を失ってしまっていた。
初めは失語症なんじゃないかと診断された。けど、どうやらそうでもなかったらしい。話せない。自力じゃ動けない。笑ったり、泣きもしない。食事だって…。
原因は不明。
でも…わたしは自分なんじゃないかと思う。絶対に、わたしのせいなんだよ。
だって妃紗が自分を失ったのは、あの夜なんだから。妃紗は命懸けであの男から、あの事故からわたしを守ってくれた。
そして、妃憂を―――双子の妹を守る代わり、自分を失った。