━Holic━
「…うんうん、わかったよ。じゃまた後でね」
優しい声色で電話を切り、シイヤは軽くため息を吐く。
そして、申し訳なさそうな表情でわたしに振り返った。
「妃憂ごめん。俺、時間早まったから、やっぱもう行くわ」
「あー…そうなんだ」
そんな彼に対し、わたしの口から漏れるのは不機嫌さ全開の声。この態度がシイヤを困らせることくらい、わかってるのに。
「久しぶりに病院にも一緒に来れたんだし、もっと妃憂とも一緒にいれると思ってたんだけど…ほんとごめんな?」
彼の顔色がますます曇っていく。
シイヤはちょっとしたことでもすぐに謝ってくれる。謝ってもらってばかりで、たまに罪悪感が湧いてくる時だってある。わたしとは大違いだ。優しいところは妃紗に似ている。
人の優しさに触れる度、自分の冷たさが浮き彫りになっていくように感じるの。自分がどれだけ酷いやつなのか思い知らされているようで…。どんな風に反応すればいいかわからなくなってしまう。ばかげてるよね、こんな考え。
でも、どうしたらいいのか、わからないんだよ。
「じゃあ俺行くね。いってきます」
シイヤは道路の反対側のバス停へ歩いていこうとする。
まだ4時ちょっと前。わたしは家へ帰っても、待ってくれている人なんて誰もいない。だけどシイヤはこれから別の女性と過ごすんだ。わたしは、ずっと一人なのに…。
「シイヤ!」
思わず、彼を引き止めていた。いつもは無愛想に見送るのに、本当に自分勝手。
道路を渡ろうとしていたシイヤは、不思議そうにこっちを見ている。
もし、行かないで、なんて言えばシイヤは一体どうするのかな…。ふと、こんなことを考えてしまう。
そんなの、無理に決まってるのにね。