━Holic━
開店時間になり、少しすると早速指名が入った。
心を仕事一色に染める。妃憂のことを忘れるんだ、ここで働いている時間だけは。そうじゃないと…ホストなんて続けられない。
暗めの照明に照らされた店内を歩く。
今日もどの卓も客の入りはまぁまぁってところだな…。
「あんた行動がトロすぎんのよ!」
店内を見回していると、響いてきた怒鳴り声。
もうずいぶん聞き慣れた声だ。
「ろくに水割りも作れないわけ?まだ新人だからって甘えてんなよ!なんであたしにこんなやつつけるの?!」
立ち上がり、慌ててやってきたボーイに噛みついている。
ヘルプとして着いていた新人が気にいらなかったらしい。
高圧的なセリフ。いくら客とはいえ、そんなことが許されるのは…
「ユキ、落ち着けって」
彼女しかいない。
―――ユキ。
俺と同じ19歳で、俺の一番の太客。大人びた顔立ちに、お姫さまみたいな栗色のアップヘア。両親がある企業の社長をしていて、尋常ではないほどの金持ちと聞く。
そして父親はオーナー橘さんの恩人。この店内ではそれなりの我が儘が利き、好き放題やっても誰も咎められないというわけ。
「シイヤ!会いたかったぁ」
途端に顔を綻ばせ、俺に抱きついてきた。
「いらっしゃいませ。俺も、ユキが来てくれるの待ってたんだ」
囁いて、とびきりの笑顔を浮かべれば、嬉しそうに目を細める。
損ねてしまった機嫌も元通り。