WELT 〜時の涙〜
 すると若き当主は美しい漆黒の人形の制止を聞き入れず、鎧を脱ぎ捨てると再び剣を構えて黄金の悪魔に切り掛かる。それをアストルは掠るような距離でわずかに左に移動し剣をかわす。すると間髪入れずに振り返る勢いでルークは剣を右に薙ぐ。人間より遥かに優れた身体能力を有するミューラから剣の指南を受けている彼の剣技は若いとはいえ相当なものではあったのだが、敵はその指南者と同じ人外の者。普通なら決着がついたであろうするどい2撃目もアストルは軽やかな足取りでかわす。その姿はまるで動きに会わせて揺れる自分の髪の動きを楽しんでいるかのようだった。
 見事な剣さばきのルークにアストルは、ほう、と関心しながらも跳ねるように数歩下がるとミューラの隣に列ぶ。
「あの太刀筋…当然だがお前が教えたな、ミューラ。殺すには惜しい人間だ……」
 そうミューラに言うものの、殺しを楽しむような笑顔は美しいだけに狂気が際立っていた。
 アストルは少し試してみよう、と小さく呟くとようやく手にしていた光剣(レーザーブレイド)のスイッチを入れた。光剣はブウンという低い音とともに緑色の光で剣の形をつくる。
「…アリスト公、貴公は本当のドーレスの動きというものを知っているか?私が今その能力を、そして『黄金(きん)の悪魔』と呼ばれる理由を教えてやろう」
 そう、黄金の悪魔が言い終わるか終わらぬ内に彼の姿かこつ然とルークの視界から消える。若き当主は一瞬の出来事に理解出来ずに目をしばたいていると突如、彼の真後ろからここだ、と冷たい声がかかり、慌てて振り返る。
「これくらいで驚かれても困る。私もミューラも貴公等が10日もかかる距離を5時間で移動し、世界中の本を集めた書庫よりも遥かに多い智識も有している。我々は新時代の主となるのに相応しい存在なのだよ」
 やや呆れがちな口調で語るアストルに対して、ルークは慌てて数歩下がりながら間合いを作ると素早い突きを幾度となく繰り出す。しかし、その突きもアストルの踊る髪にすらかする事もなく、果てには軽く彼の剣にあしらわれてしまった。
 そして再びアストルは風のような速さでルークの懐に入ると、光剣を彼ののど元に突きつけて感情のこもっていない声で呟くように言った。
「一つ、いい事を教えてやろう。この世界に唯一私を殺す事が出来るのはミューラだけだ」
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