透明図
一際高く跳んで空中でトンボをきったと思うと、ノラはもう振り向くことはなく一目散に駆けて行った。

ノラの細く真っ白な体が空中で優雅に弧を描く。

それはとてもノラネコの持つ荒々しいものではなく、繊細で美しいものだった。

私は、ノラが去り際に言った言葉を思い出しながら小さな声で待たねとつぶやいた。


「やっぱりだぁ、なんか変な人間だよと思ったけどお前も心に透明な風景をもってるんだな」

心に透明な風景を。

それは私の透明図のことを指しているのだろうか。

ノラには私の心の透明図が見えるのだろうか。

そして、私以外にも透明図をもった人間がいるの?

私と、同じ心の人…。

私は一瞬呆然としてしまったが、次の瞬間にはノラは走り去った後だった。

聞きたいことは聞けないままだった。

また会えるよね、ノラ。

ノラは言っていた。ノラネコは誰かにエサをもらって生きていると。

それならきっとノラも誰かにエサをもらっているのだろう。

それならまたきっとこの場所で会えるだろう。

でも、もう今日はノラはいない。

待たね、ノラ。

私は自分に聞かせるようにもう一度だけつぶやいた。
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