透明図
ノラは、うれしそうに切り身に食いついた。

「あんた、ほんとにサバが好きなんだねぇ」

ちょっとだけ感心してノラに話しかけた。

「そりゃそうさ、普段まっずいペットフードとか残飯やらでオイラくらくらしてたんだ。」

わかってはいたけど、猫がしゃべりだす姿というのは、やっぱり奇妙な感覚を呼び起こす。

「あんたちょっと生意気ねぇ、誰からペットフードもらってんのよ」

私は少し気になってしまった。

「そりゃあオイラ人気もんだしな、うーんと…。」

ノラは、少し数えるような仕種をしてみせたが、すぐに飽きてまたサバに食いついた。

まぁしょせん猫は猫か。そんなに集中力は続かないみたいね。

私がちょっとした優越感に浸っていると、ノラは顔もあげずに言った。

「でもさ、人間なんてあんまりあてになんないもんで、最近じゃどこに行ってもいい顔されなくなっちまったよ」

「へぇ、そうなの?」

私は、何の気もなしに答えた。

「近頃このあたりで野良犬とか、野良猫増えただろ。そうなってくると、オイラ達もやっかいもん扱いされることが多くてさ。」

そういうもんなんだぁ。私はまたまた感心させられてしまった。

私は何度も猫に感心させられるのも少ししゃくなので、ノラの頭を撫でて飼い主ぶってみた。

ノラはあえてそれを払おうとはしなかったが、前足でしきりに顔をかきあげる。

「まぁ、最近じゃ結構駆除されはじめたってウワサもあるけどね」

ノラは大きなあくびを一つした。

私は、駆除という言葉とノラとを結び付けることができず、ぼーっといつまでもノラの頭を撫で続けた。

ただ少し、心が不安定に揺れるのを感じた。
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