透明図
私はいつの間にか、ノラはここで私を待ってくれていると思い込んでいた。

私とノラの間に、なんらの約束もなかったはずなのに、今までもノラが私を待っていたことなどなかったはずなのに。

ただ、ノラがそこにいて、ただ、私がそこにきただけじゃない、いつも。

私とノラとの間に、言葉が通じた。

だからこそ、きっと私の気持ちも全て伝わっているんだろうなと勝手に思い込んでしまったんだろう。

だから、だよ。

その日、私は、いろんな事を考え、いろんな想いに駆られ、そしていろんな答えをだしたと思う。

その答えは、間違いじゃなかったと思う。

ただ、それは私を納得させる力を持たなかっただけで。

家についた頃には、日はすっかりと落ち込んでしまい、辺りには、すっかりくたびれてしまった闇が人目につかないように、そっと広がっていた。

今日、私はいろんな答えを出したと思う。

それなのに、どこをどうしたらこんなにも遅く家にたどり着くことができるのか、私にはさっぱり検討がつかなかった。

ただいま。

私は玄関でつぶやくように声をあげ、靴をぬぐ。

おかえり!

答える声がうれしかった。
パタパタと慌ただしく響く足音が、玉ねぎをよく煮込んだ後の、コトコト泡立つシチューのかぐわしい香りを私のもとまで連れてくる。

あんまり意識しなかったお腹が、急にキューッとしまってゆくのを感じた。

そんなものの全てが、たまらなくあたたかに私を迎え入れ、ふわふわと優しく私の帰る場所を教えてくれる。

帰る、場所か。

ノラは一体どこへ帰ったのだろう。

今夜は、雨が降るらしい。
なんでもないように、お母さんが教えてくれた。
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