水中鉄道の夜2-終着駅-
 いつもの電車に乗り込み、今日は視線を彷徨わす。

 そして、すぐ枝実さんを見つけ、その前に立った。

 今日の枝実さんはチョコレート色のスーツにエンジの開襟シャツと黒い皮のカバンやパンプスという格好だ。

 きちんと化粧されている顔は、柔らかくウェーブかかった色素の薄い髪に縁取られている。
 ぱっと見てもけして美人ではないが、清潔感の漂うわりと整った顔をしているから、中の上のレベルだ。

 こう見ても、とても27歳には見えない。

 スーツを着ていても大学生と言えば十分通るだろう。

「おはようトール君。金曜日は本当にありがとう」

 俺に気付いた枝実さんがにっこりと嬉しそうに笑うから、俺もつい笑って答える。

「休みは何をしていたんです?」
「ん~、いつもと同じ。溜めていた家の事をしてたよ。トール君は?」
「土曜日は学校でしたし、日曜日は何冊か本を読んで、秋葉原に行って新しい携帯とパソコンのパーツを買いに行ってました。あ、そうだ、金曜日の帰りに渡し忘れていた枝実さんの名刺、返しておきますね」

 ジャケットの胸ポケットから枝実さんの名刺を出す。

 その名刺には俺の携帯番号と、メールアドレスが書いてあり、受け取った時、すぐそれに気付いた枝実さんが俺を見上げた。

「また、デートしたくなった時にでも携帯にかけて下さい。間違っても、知らないオトコなんか声をかけちゃダメですよ? いつも良いヤツばかりとは限らないんですからね」
「はい」

 枝実さんは苦笑しながら素直に返事をし、カバンから手帳を出してその名刺を挟むと、丁度降りる駅に着いた。


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