水中鉄道の夜2-終着駅-
「トール君?」

 急に視界にひょこっと枝実さんの顔が入り、俺は目を数回瞬かせてしまった。

「え・・・枝実サン?」
「はい、何?」

 名前を呼んで相手を確認する俺に、枝実さんは首をかしげて答える。

 枝実さんと初めて話すようになってから、今日で丁度3週間目になった。
 月曜日から金曜日まで毎朝一緒の電車で、挨拶を交わし話すようにはなったけれど、あの時のようにこうして帰りに会うのは今日が初めての事だ。

 最近、いつもイライラしているような気がする。
 特に今日は気分の悪い事があって、俺はずっとイライラしっぱなしだった。

 だから、枝実さんに話し掛けられた時も、イライラとしてぼうっとしていた時だった上に、急に枝実さんが現れて、俺はすごく驚いてしまったのだ。

 ぼうっとしていた場所は駅前の交差点。

 今立っている前の交差点を渡った横にある本屋で、欲しかった本を買って、これから電車に乗るつもりだった。

「これから帰るんですか?」
「うん。あ、でも、これからちょっと寄り道するんだけどね」
「寄り道? どこに行くんです?」 
「あっちにあるメロディーってCDショップ。頼んでおいた物が入荷したって連絡があって、これから取りに行く所。じゃあ、トール君、気を付けて帰ってね」

 手を振って行こうとする枝実さんの手を俺はとっさに掴む。

「トール君?」

 驚いたように立ち止まる枝実さんに、俺はにっこりと微笑みかけた。

「俺も一緒に行ってもいいですか?」
「うん、じゃあ、一緒に行こうか」

 朝と同じ服装の枝実さんは、グレーのスーツにモスグリーンのシャツを着ている。
 結構高いハイヒールなのに、歩きなれているらしく危なっかしい感じはしない。

 枝実さんがどんなに子供っぽく見えても、俺よりずっと年上で、社会に出て長いんだと今さらながら認識させられる。

 枝実さんは、CDショップの店長とは仲が良いらしく、楽しげに話し出してしまい、俺はその横で、CDを見る振りをしながら話が終わるのを待っていた。

 けれど、話は尽きないらしく、いつまで経っても話している。

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