愛しい遺書
漢字の書き方を教えようとしたら、
「オレ、キキで登録するわ。響きが好きなんだ」
と言った。

「……じゃあ、また」

そこまで言うと、翔士は何かを思い出したような顔をして、車から降りた。

「?……忘れ物?」

あたしが聞くと、翔士は「うん」と言って自分の両手であたしの両手を掴み、あたしの唇に自分の唇を押し当てた。

あたしは突然の事に驚きながらも、流れに身を任せた。

そして唇を離すと翔士は照れくさそうに唇の端を片方上げた。

あたしは翔士のその仕草に、軽く目眩した。

翔士は満足気に車に戻った。

「じゃあな」

そう言ってあたしが手を振るのを確認すると、勢いよく走り去った。

あたしは車が見えなくなるまで立っていた。そして姿を消したところで部屋に入った。





お腹がいっぱいで眠い。でもクラブでかなり汗もかいた。あたしは眠い目を擦りながらクローゼットから着替えを取り出し、お風呂場に向かった。

裸になりメイクを落とすと頭からシャワーを浴びた。

翔士はキス以上を求める事はしなかった。もし求められたら、あたしは抱かれてもよかった。そして、じゃあね。またどこかで会いましょ。みたいな。

それでよかったのに。

なのに、あたしにしては珍しく『繋がり』を作ってしまった。

これが翔士の手口なんだろうか。

もし、そうだとしても意外といやじゃないのは、明生と翔士を重ねているからなのか。

そこまで考えて止めた。今は眠気を優先しよう。今日は何も考えずに寝たい。

シャワーから上がり、体を拭いて服を着た。髪を乾かそうとしてドライヤーを手に取ったが、なんとなくダルくて元の位置に戻した。

寝室に入り、ベッドに潜り込むとすぐに心地よい睡魔が体を包んだ。





――ガチャッ

――キィ

――バタンッ

トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン――

その足音は寝室の前で止まり、ドアをゆっくり開けた。

夢の世界に体を半分突っ込んでしまったあたしは、目も開けずに音だけを聞いていた。

その突然の訪問者は上着らしきものをドサッと床に脱ぎ捨てると、ベッドに潜り込んで来て、あたしの背中に張りつくようにくっついた。
< 20 / 99 >

この作品をシェア

pagetop