愛しい遺書
「何時に起こせばいい?」

「う〜ん……7時半。あ、朝は目玉焼きね」

「うん。何個?」

「3個」

「わかった。半熟でしょ?」

「そう!さすがキキ」

「……いつものことじゃん」

周りからみれば恋人同士のような生活が1年以上続いて、明生の生態は知り尽くしている。きっと、他の女よりはあたしは明生を知っている。だからこそ明生のいない日は自分の体の一部が引きちぎられたように切ない。目玉焼きは半熟が好きだという事なんて、珍しい事ではない。明生は半熟の黄身をぐちゃぐちゃに潰し、そこにめんつゆを混ぜてご飯に乗せて食べる。醤油でもソースでもなく、めんつゆなのだ。それを教えたのはあたし。あたしがそうやって食べるのに興味を持った明生は、真似して食べてそれ以来ずっとその食べ方なのだ。

前に「料理のできない女はキライ」と明生が言った。「なんで?」とあたしが聞くと、「そういう女の家には大抵めんつゆがねぇ」と言った。どんだけハマってんのよと思いながらも、どこにいても半熟の目玉焼きにめんつゆを貫き通す明生を可愛く思ってしまう。だからうちはめんつゆをティッシュやトイレットペーパー並みにストックしている。



寝室の照明をダウンライトに変え、明生が横たわっているベッドに潜り込んだ。大きく背伸びをして眠りにつこうとするあたしに、明生は悪戯してきた。

「明日早いんでしょ?」

「それはそれ」

「あたしが寝坊したらどーすんのよ」

「あ!!」

「!?……何!?」

「婆パン忘れてた!」

「アハハ!……しつこいから」

「カンケーねぇか。オレお前が婆パンでも勃つな」

「……他の女だったら?」

「絶対ありえねぇ!気持ちわりぃ」

……愛してるよ。明生。

そう思えば思う程、あたしの体は潤んできて、結局あたしは明生を受け入れてしまうのだ。

終わった後もぐっすり眠る明生の横で、あたしは何度も目が覚めてしまう。明生がちゃんと隣にいるか、確認しては安心して眠る。朝が来るまでその繰り返し。だから寝坊する事は絶対にない。

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