愛しい遺書
大勢のうちの1人ではなく、たった1人の特別な人。あたしは他の女とは違う特別な存在だという事を実感して、素直に嬉しくなった。あたしの心は少しずつだけど確実に翔士に侵略されていた。

「じゃあ、お姫様抱っこで連れてって?」

あたしは冗談のつもりで言ったのに、翔士は「いいよ」と言ってあたしをヒョイと抱き上げ、リビングを出ると寝室に向かった。

寝室に入ると、翔士はあたしを深緑のシーツの上へ優しく沈ませ、シャツを脱ごうと裾を掴んだが、躊躇った。

「キキ……」

「……?」

「ビックリするなっても無理だと思うけど……引かないでな?」

「何……?」

すると翔士は腹を決めたといった表情で、勢いよくシャツを脱いだ。あたしは今まで忘れていたが、翔士の裸を見て思い出した。

翔士の右肩に緑の鱗。その正体は龍だった。龍は翔士の背中を這って、左肩から顔を覗かせあたしを見ていた。あたしは龍に睨まれているような感覚に襲われ、近寄ってきた翔士に対し、後退りしてしまった。

「やっぱこぇーよな……」

翔士は寂しそうな顔をして言った。



あたしは小さい頃、正月にママと神社へ初詣に行った事を思い出していた。

神社の入口にある、向かい合わせて立っている獅子の像。ママはそれを見上げて言った。

「この像はね、疾しい気持ちがある人には怖く見えるんだって」

「やましいって何?」

「うーん……、後ろめたい気持ち?」

あの頃のあたしには、意味が解らなかった。でも今はちゃんと解る。龍はあの獅子のような面構えであたしを見ていた。あたしはゆっくりと手を伸ばし、龍の顔を撫でた。

「……背中見せて」

翔士は不安げな顔であたしに背中を向けた。

龍は翔士の背中の上で長い身体をくねらせ、鋭い爪が生えた足には丸い珠を持っていた。そして、それを見上げる1頭の虎がデニムから上半身を覗かせていた。

「これ……どこまで続いてるの……?」

「………膝の辺りまで……」

あたしは初めて生で見た刺青にゾクゾクして何度も指先でなぞった。翔士は擽ったそうに鳥肌を立てた。

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