【短編】ころす
牢
男は笑っていた。
鉄格子から見える鋭い三白眼とヤニのついている黄ばんだ歯は薄暗い部屋で妙に目立っていた。
不自由な両手首は赤く染まりあがり痛々しい傷を作っていて、思わず顔を背けたくなるのだが、当の本人は全く気にしていないようである。
「お巡りさん。今日は何日ですかい?」
久しぶりに喉を使ったような嗄れ声は、静かに響いて消えていく。
浩介は、暇つぶしに書いていた牢屋の生々しいデッサンから目を離し、その奥で足を広げ座る男を見て顔を歪めた。
「12日」
そういえば、男がこの牢に移されてから初めて声を聞いた。
そんな事を頭の片隅で考えながらも止めた4Bの鉛筆を握り直せば、男が笑うのが分かった。
視界の片隅で、奴は楽しそうに笑ったのだ。
―狂っている
そう、歴史的に類を見ないほどの人間を殺めた男は明日、処刑されるのだった。
しかしどうだろう。
奴の表情は。
「もしかして、明日は金曜日かい?」
死を前にして、動じる様子もない。
「あぁ」
何か策でもあるのだろうか。
逃げ出す算段でもあるのだろうか。
「そうかい。明日俺はジェイソンに殺されるわけだ」
男はクツクツと笑っているが、その表情を見ることは出来なかった。
見たくなかった。と言った方が正しいかもしれない。
恐らくいや、間違いなく男は心の底から笑っているからだ。
奴はそう言う男だ。
「殺されるなんて、考えないことだな。お前は法で罰せられるんだから。どちらかといえばジェイソンはお前だろう」
人を、大量に殺したのだから。
そう付け加える勇気はない。
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