マイワールド
とその時、
ドアと柱の隙間から、赤く染まった布が見えた。

犬用のストレッチャーに乗っていた。

犬だとはわかりにくかったが、確実に生き物だった。

「うっ……。」

急にクラッとして、
吐き出しそうになった。

「大丈夫?」

角川先生が私の背中を支えた。

「……はい……。」

私は苦笑いをした。


今、私は少しだけうれしい。

この慌ただしさは、普通の病院と変わらなかった。

一刻を争い、命と向き合うこの仕事に、今憧れた。

金山先生の意見文にあった、
『人間以外の動物が、身分証明書を持てなくても、病院と同じように動物病院で治療を受けることはできる。』というのは、
確実に彼女の言葉だと思う。

「相川?

大丈夫か……?」

実が私の顔を覗き込んだ。

「うん。」

私ははっきりと答え、

「角川先生……。

助かりますよね?」

と、視線の先を角川先生に移した。

「大丈夫。

ワンちゃんも、治療してる先生達も、とっても強いから。」

角川先生は、小さい子に話しているようだった。


でも、その簡潔で、純粋で、飾り気のない言葉に、
私は感動した。

「さぁ、ケージ掃除をしてもらうよ。」

「はい。」

「はい。」

だが、全く集中できなかった。

あの赤く染まった布と、
金山先生の真剣な顔が頭から離れない。

「二人とも!

手ぇ抜かないの!

きちんとやって!

これも仕事なの!」

とてもきつく言われた。


でも、そのとおりだと思う。

まともに祈ることもできない私が、
ただ心配をしているだけでは、時間の無駄だ。

あの犬の運命と私は無関係だ――。


わけのわからない気持ちと戦いながらケージ掃除をする時間は
とても長かった。
< 217 / 432 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop