ほんのあいだ
彼は名前を石田優人というらしい。

らしいというか、利用証にそう書いてあった。

物腰柔らかで、本の扱いも丁寧な彼は、多分学生だ。

多分、心理学を勉強している。

そして多分、臨床心理士になるために大学院へ進学するつもりだ。

これは私が彼の本を受付けたときに勝手に想像した事である。

実は私も学生時代は心理学を学んでいた。だから彼の持ってくる本には興味があったのだ。

私には大学院まで行くような情熱も学力もなかったから、ただ知識として学んだだけだったが・・・



誰も来ない受付でぼうっと彼のことを考えていると、

「すみません。」

「あ、は、はい!」

突然声をかけられて、返事をしたが、上ずって変な声が出てしまった。

それだけでも、十分恥ずかしいのに、なんと私に声をかけたのは、彼、石田優人だったのだ。

彼は、クスッと笑って、

「これ、お願いします。」

と本をカウンターに置いた。

私は恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を真っ赤にしながらバーコードリーダーを持って、彼の本のバーコードを読み取る。

『ピッ』

と正確に読み取った音がする。それさえも恥ずかしいような気がして、本を落としそうになりながら彼に渡した。


「いつまでにお返しすればいいですか?」

「え?」

「今日はこれ、挿んでくれないんですか?」

と言って、彼は返却日を知らせる紙を示した。

そうだ、私はあまりに恥ずかしくて体が覚えているはずの慣れた作業を失敗したのだ。

「ごめんなさい!」

返却日を書いた紙を一枚とって渡した。

そのとき、私の手が、彼の手に触れた。

私の手より、彼の手のほうが温度が低かった。


「いつもありがとうございます。」


彼はにこっと笑って、そう言った。
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